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真のジャーナリストか政府広報紙(プロパガンダ)か

8月になると新聞・テレビなどの報道機関はどこも戦争関連の企画を多く流すようです。

しかし、その多くはその原因を財界・時の政府・軍部に負わせ、ジャーナリズムはさも関係なかったかの様な報道がなされているようです。あるいは責任を当時の国民全員に負わせるような論調になっているようです。確かに当時の最大の黒幕は財界だったろうし、表立っては天皇制を抱く政・官・軍が推し進めた事は間違いないでしょう。しかし、それに劣らぬ責任があるのは当時のジャーナリズムだったのではないでしょうか。

例えば戦前、満州事変以前の朝日新聞は大正デモクラシーの流れを受け継ぎ、自由主義的・民主主義的傾向が強い新聞として位置づけられていました。例えば昭和6年4月19日の社説では「軍部の一手に軍制改革の大事業を任せておく事はわが国策のうえに多大の不安が伴生する虞(おそれ)があるのである。この上は内閣の方針として軍備整理及びこれに伴う経費節減を決定し内閣において断然これが実行の決心を示すべきである」また昭和6年8月8日の社説では「軍部が政治や外交に嘴(くちばし)を容れこれを動かさんとするはまるで征夷大将軍の勢力を今日において得んとするものではないか。危険これより甚だしきはない。国民はどうしてこれを黙視できようぞ」と論陣を張っていました。

ところが9月18日の満州事変後の10月1日には「満蒙の独立 成功せば極東平和の新保障」と社説は一変する。続いて「満州に独立国の生まれ出ることについては歓迎こそすれ反対すべき理由はないと信ずるものである」と事変前と180゜転換する。

後はご存知の通り戦意高揚一点張りで多くの国民の耳と目を奪っていき、多くの国民が犠牲になった事は事実の通りです。

この転換が社長・役員への右翼の襲撃事件・乱入事件それと決定的には軍部・右翼・政府の意を体した右翼の巨頭内田良平の申し入れによるとされています。

ある意味では気の毒で、仕方がなかったとして言い訳も出来るかも知れません。

しかし、言論人が一度軍門に下ればどうなるか・又、報道の影響の大きさは分かっていたはずです。

しかも、アジア2000万人国内310万人と言われる尊い人命が奪われた口実にはなりません。

戦後その反省の上に再出発したはずでした。しかし、新聞協会による大手報道機関の情報独占・原発村にあるような金権による情報操作・利益中心主義(ある意味仕方ないが、国民の生命・財産に大きな影響を与える事まで妥協するー例えばTPP)・・・・。あげればきりが無いほどです。

「最後は国民の意思を尊重しないジャーナリズムは消滅する」ことは間違いないと思います。

ましてや、SNSの発達した現代、嘘やゴマカシは最終的には通用しません。

昔からある「足で稼ぐ記事」がジャーナリストの生命だと思います。