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終戦記念日を前にしてに思うこと

今年も68年目の終戦記念日が近づいています。私のような年代の者は生まれは戦時中と言えども、戦争の実態は直接には覚えていません。しかし、戦時の生々しい残滓の断片は見・聞き・感じています。

 

終戦直後は食べるものもあまりないが、子供どうしチャンバラごっこをしたり、探偵ごっこをしたりとそれなりに想像力豊かな遊びを工夫していたものです。遊び場には制限がなく、お互いの家の庭から居間からどこでもフリーパスでした。

 

そんな中、近所の子(仮にA君としよう)の家の座敷に遊びで隠れていた時、ふと見ると箪笥の中にアルバムがある事に気づきました。何とはなしにめくって見ました。A君のお父さんは(後から私の父に聞いたのだが)職業軍人で、かなり長い間満州・北支で従軍し、最後は陸軍大尉であったそうです。(大尉という事ですから多分中隊長くらいと思います)

そのアルバムというのが今から考えると、表紙もかなり丈夫でガッチリしていて立派な装丁になっていて、どうも軍部の幹部クラスに配られた記念品のように感じられました。

めくってみると、最初の方のページは蘇州とかの公園・川・きれいな女性の写真がきれいに並べられていました。

 

しかし、後半になって私は凍りつくような衝撃を受けました。

そこには、場所はどこか分かりませんが、多分俘虜(当時は捕虜をこう呼んでいたそうです)だろうと思いますが、後ろ手に縛られた人が14~15人座らされているのです。前には穴が掘ってあって(多分自ら掘らされたのだと思います)手前では髭を生やした将校らしい男が日本刀を抜いて得意げにこりとポーズをとっているのです。

そして、別の写真は数体の首のない前に崩れこんだ遺体の写真でした。切り損ねたのか、穴に入らずに転がっている首もありました。

その時の衝撃とショックは幼心に今でも鮮明におぼえております。

私は子供心に大変な秘密を見てしまったと、できるだけ早くその場を立ち去るのが精一杯でした。

 

こんなことは明らかにジュネーブ協定違反で国際軍事裁判があれば明確に重罪とされるところでしょう。将校クラスの戦時の記念品にする位ですから、かなり日常的に行われていたと思われますし、従軍経験者に聞いてもほぼそのような事が日常的に行われていたことは裏付けられると思います。

 

私たちの年代はこのような、戦時の残滓は実感として経験してきました。戦争の残虐性を知ってか知らずか、橋下・石原発言、安倍首相らの戦争オタクの発言は決して信用できません。安倍首相は自虐史観に陥る事はないと言います。誰も我父が兄がこんな事をしたと思いたくありません。。戦争は人を狂気にしてしまいます。それが戦争の恐ろしさです。歴史は客観的に事実は事実として認める素直さが必要です。全てはそこからが出発です。

これら好戦勢力を一掃し、二度と過ちを起こさない大きな国民の運動を巻き起こす為の覚悟と行動の必要性をひしひしと感じております。